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【取材記事】“教員が日本一成長できる学校”が実践する、「教育現場の働きがい向上」改革

学校法人郁文館夢学園

社会の情報化やグローバル化、少子高齢化など急激な社会構造の変化に伴い、教員をめぐる状況も大きく変化しています。多様化・複雑化する課題に対し、より高度な対応が求められる一方で、教員の過重労働は深刻な社会問題にもなっています。

教員の働き方改革が一向に進まない現状において、今回お話を伺った学校法人郁文館夢学園(以下、郁文館)が取り組んでいるのが、教員の働きがい向上です。2020年4月には「人材開発室」を発足し、男性育休の取得や介護や子育てのための時短勤務制度など、健やかに働き続けるための環境整備に取り組んでいます。さらに「女性が働きやすい環境づくり」を目指し、新たな福利厚生として低用量ピルの助成制度の導入を開始しました。

今回は、教員の働きがい向上や女性が働きやすい環境づくりにいち早く取り組みを始めた背景や具体的な活動内容について、人材開発室・室長の藤井崇史先生と養護教諭の伊山智美先生にお話を伺いました。



【お話を伺った方】
学校法人郁文館夢学園 社会科担当 人材開発室 室長
藤井 崇史(ふじい・たかし)先生
大手広告代理店にて、営業やプランナー、ディレクター、マネージャーなどの管理職を経験。知人とITベンチャー企業を起業した後、2010年から郁文館で教師として勤務を開始。2014年から担任、2017年から統括主任を務め、2020年に人材開発室を立ち上げる。現在は人材開発室室長を担う。

学校法人郁文館夢学園 養護教諭
伊山 智美(いやま・ともみ)先生
2校で養護講師を経験後、学校法人郁文館夢学園に養護教諭として入職。その翌年からは、衛生管理者を兼務する。郁文館での勤務9年目からは、学校教育相談主任と人材開発室部員を担う。また、東京私立学校保健研究会(2021年度)では副会長を務める。


■教員の働きがい向上が教育の質を高める

郁文館は2003年より「夢教育」を開始し、教育目的「子どもたちに夢を持たせ 夢を追わせ 夢を叶えさせる」を掲げている

mySDG編集部:「人材開発室」とはどういった目的から発足されたのでしょうか? 

藤井先生:まず前提として、郁文館の教職員は『子どもたちの幸せのためだけに学校はある』という教育理念と『子どもたちに夢を持たせ、夢を追わせ、夢を叶えさせる』という教育目的をもとに、子どもたちの幸せにとことん向き合っています。そして、その子どもたちの幸せの根底には 子どもたちを支える“教職員の幸せ”があると考えています。教職員の幸せとはすなわち「教職員の働きがい」であると定義し、これらを最大化することを目指した組織が人材開発室です。

mySDG編集部:ちなみに「教職員の働きがい」とは、具体的にどういった内容を指すのでしょうか?

藤井先生:三つの要素があります。一つ目は「理念との一体感」です。郁文館には教育理念・教育目的そして「夢教育のゴール」といった独自のミッション・ビジョンがあります。教職員それぞれが自身の持つ志や教育観と、これらとの重なりを感じる中でこそ、仕事への誇りを持って生き生きと、そして自分らしく働くことができると考えます。二つ目は働く教職員たち自身の「成長実感」。人として成長できる喜びを生徒とともに教職員もかみしめることを大切に考えています。教員が成長し続ける中でこそ、生徒は成長していきます。三つ目が「仕事の充実感」です。郁文館では、生徒の幸せにとことん向き合えるという大きなやりがいがあります。これらのやりがいを高めるための環境づくりや風土づくりを様々な制度設計や運用を通して行っているのが我々人材開発室です。よって、採用や研修、働き方開発、システム開発など業務範囲は多岐に渡ります。

mySDG編集部:発足のきっかけとしてどんな背景があったのですか?

藤井先生:きっかけは、教員として働く中で感じていた問題意識からです。元々、私は学内で探究学習を推進してきたのですが、教員の能力によって生徒の成長が大きく変わる、悪く言えば教員の力が足りないと生徒の可能性を引き出しきれないという現実がありました。その後、自身が管理職となりコーチング研修を実施したり、OJTに力を入れたりと教員の成長を促す努力をしてきましたが、中々状況が改善しない。評価制度や働き方改革などもっと人づくりの根幹から関わりたいという思いを持ちました。

mySDG編集部:つまり教員の成長を促進する場として生まれた背景があるということですね。

藤井先生:教員たちにも成長意欲はもちろんあります。その意欲を「生徒の成長」や「生産性の向上」、「評価」などにスムーズに繋げる仕組みを、「人材開発戦略」の元に整えることができれば、教員の成長が促進されるとともに「働きがい」自体が大きく高まると考えました。勉強のため様々な学校を調べましたが、こういった考えを元にした仕組みづくり、風土づくりを行っている学校はありませんでした。我々は「夢教育を日本の教育モデルに!」というスローガンの元、「働きがい日本一の学校」「日本一教員が成長できる学校」をつくろうと思いで、2020年4月に人材開発室を発足しました。

■ブラックボックス化しやすい教員の仕事

教員の仕事は属人的で個人で完結しやすいため、郁文館では教員同士が学び合える研修の機会を創出している


mySDG編集部:一般企業では上司や先輩から指導を受けるなど、成長をサポートしてもらう場面はいくらかあります。その点、教員の場合は、一般的にどうなのでしょうか?

藤井先生:成長を促進する研修制度というものはもちろんあります。例えば公立校の場合は、自治体が運営する初任者研修や授業力向上のための研修や研究助成制度なんかもあります。私学の場合も希望者向けではありますが、同様のものがあります。それぞれの学校の実情に合わせた働き方のサポートや、先生たちが孤立しないような現場レベルでのケアの実施の程度は、学校ごとに大きな差があると思います。多くの学校では職人の徒弟制度に近いような感覚で育成が行われており、体系的な独自の育成制度を整えている学校はほとんどないのではないでしょうか。

mySDG編集部:なるほど。先生たちは業務量がただでさえ多いのに、相談できる上司となる存在が職場内にいないのはメンタル面でもダメージが大きいように感じます。

藤井先生:教員は教科、学年、校務分掌と複数の部署に所属しそれぞれ異なる上司がいます。部署によっては上下関係が逆転したりと複雑な関係性になっています。一般的な学校には民間企業のような一方向の縦ラインでメンバーの業務管理を行うマネージャー的な役割がいません。加えて、クラス担任や授業運営といった教師の業務は、閉じられた教室という空間で基本的には一人で行いますので、個人に責任が集中し個人で仕事が完結します。よって、業務は属人化してしまいがちで、先生同士もお互いの仕事内容を知らないという「仕事のブラックボックス化」が起きてしまう。ある意味、好き勝手できるとも言えますが、反面困ったことがあったりしても周囲が自身の状況を知らないためSOSを出しにくく、上司や周りもSOSに気付きにくかったり、ケアしにくかったりするわけです。

mySDG編集部:特に若手の先生の場合は、他の先生の事例を学ぶような機会は自身の成長にとっても必要ですよね。その点、人材開発室で実施している研修などあれば、ぜひ教えてください。

藤井先生:好評だったのが「PDCA研修」ですね。郁文館の生徒は自身の夢や目標に向かって日々PDCAサイクルを回しています。担任として、PDCAを回すことの意義を語れるようになり、生徒との面談やクラス運営においてPDCAを回すための指導のヒントを得ることをゴールに研修化しました。講義型、参加型の2段階で実施し、研修を受けた2年目の先生が、業務で実践した事例を発表するといった会もつくりました。生徒対応のノウハウを共有したり、困っていることへの解決策をグループワークで互いに考えたりするので、普段はつながりのない教員同士が学び合い、またつながりをつくる場になったというポジティブな反響がありました。

mySDG編集部:教員のモチベーションを高め、成長基盤を作るという意味でも、人材開発室の担う役割は大きいですね。

藤井先生:成長基盤を最大限に生かすためのカギは、一人ひとりの主体性だと考えます。そして、この主体性の核となるのが、教師としてありたい姿や志です。日々の忙しさに埋没してしまうと、これらを考えることを後回しにしがちなので、郁文館では会議や研修等を通して、考えるきっかけや機会を意図的に提供しています。これらを突き詰めて考えることが、「自分自身にとっての働きがい」を見つけ、その先にある「郁文館で働く意味」を見出すことに繋がると考えます。

■学校法人で日本初 低用量ピルの助成制度を導入



mySDG編集部:教員の働きがいを支える人材開発室では、女性の働きやすい職場づくりにも取り組まれているそうですね。実際に郁文館は学校法人として初めて、低用量ピルの助成制度を福利厚生として導入されたとのこと。導入のきっかけについて、まず教えてください。

藤井先生:制度の根底には、組織の多様性を大事にしたい、様々な方に郁文館で活躍してほしいといった思いがあります。中でも、ライフステージの変化によって影響を受けやすい女性たちをケアしたいと考えました。郁文館は130年以上の歴史がある中で、男子校としての期間が長く、共学化されたのも今から15年ほど前です。女子生徒の割合は年々増えていく一方で、女性担任の数が男性教員に比べてまだまだ少ない状況です。今後、女性教員を増やしていくためにも、女性が活躍しやすい環境づくりをいかに進めるかを学内で検討し、以下のロードマップを策定しました。そして、その第一弾施策が低用量ピルの助成制度です。

≪ロードマップ(3年計画)≫

■1年目(2024年度):意識改革
教職員の意識改革に向けた取り組みを行い、女性の働きやすい職場づくりに向けた風土を醸成する

■2年目(2025年度):支援制度づくり 担任業務改革開始
家事・育児との両立した働き方の支援制度設計などの支援制度を構築する
(宿泊行事の負担軽減策の検討、家事・育児との両立をサポートできる勤務制度の設計)
担任の業務内容の精査し、柔軟な勤務制度を検討する

■3年目(2026年度):長期的な人材育成計画の策定
担任の勤務制度を構築し、働き方の支援制度を構築する
(ダブル担任制、代理教員の配置、家事・育児との両立をサポートできる福利厚生の設計)

 

伊山先生:今回、低用量ピルの助成制度を提案した背景は、特に子育て世代の女性が担任としてクラスを受け持つケースが少ないことです。女性たちが働き続けられる環境整備が整えば、出産・育児などのライフイベントによって自身の挑戦を諦めることなく、自分の夢にチャレンジすることができ、自然と女性たちが活躍できる未来を切り開いていけるのではないかと考えました。

加えて本校は宿泊行事が多いため、月経と宿泊行事の引率が重なった場合に、普段と同等のパフォーマンスを発揮できないという現場の声も上がっていました。そのため、女性特有の健康課題を解決し、男女問わずパフォーマンスを最大限に発揮できる環境づくりを推進する施策として、今回の制度導入を提案しました。

藤井先生:現在、女性特有の健康課題をテーマにした講演や研修も同時並行で進めています。

伊山先生:具体的には女性特有の健康課題である月経困難症やPMS、更年期障害などについて理解を深める教員向けの講演会を企画しています。男女関係なく参加できるため、男性教員にとっては、女性の健康課題や働き方について正しく知るきっかけになり、女性にとっては、今後起こり得る課題への心構えや対応力を養う機会になると考えています。

藤井先生:今後は、家事・育児との両立した働き方の支援制度設計などの支援制度を構築し、ゆくゆくは郁文館らしい柔軟な担任の勤務制度を設計していきたいと思います。

■「教員が日本一成長できる学校」を目指す

教育現場の課題解決、質向上を目指す研修体系や制度づくりに積極的に取り組んでいる

mySDG編集部:学校教育においても多様性が求められる時代、教員に必要な能力も以前にも増して高まっていると思います。そのため、先生任せではなく、学校としての仕組みづくりが特に重要というころですね。

藤井先生:昨今教員の成り手が不足等のニュースを頻繁に耳にしますが、果たして待遇や働き方の改善だけで解決する問題なのでしょうか。教員としての「働きがい」やその学校でこそ得られる「働きがい」。これらを踏まえた上で、教職員のパフォーマンス向上や働きやすさ、やりがいを促進しつつ、質の高い教育をバランスよく提供するための仕組みづくりが今、まさに求められていると思います。

mySDG編集部:最後に人材開発室として、今後の展望を教えてください。

藤井先生:郁文館は現在、「日本一子どもたちが好きで得意なことを大いに楽しむ学校」「日本一 子どもたちが夢を追い叶える学校」を目指し、2029年に迎える創立140周年をゴールにした様々な改革を行っています。人材開発室においても「日本一働きがいのある学校」「日本一教員が成長できる学校」を目指し、これまで4年間かけて様々な仕組みづくりを行ってきました。毎年年度末にとっている教職員への「働きがい」に関する満足度アンケートの数値は年々向上し、前回の調査で「満足している」と回答した教職員が初めて90%を超えました。しかし、これまでやってきたこと全てがうまくいっているわけではなく、改善が必要なものや他の施策とのバランスを見てやめるべきことなど、検討すべき課題がまだまだ溢れています。

これからは、これまでの施策を今後の郁文館のありたい姿に合わせて整理し、再体系化していくなどのPDCAサイクルをしっかり回していき、2029年「日本一 先生も子どもたちも躍動し続ける学校」を、学園全体でつくりあげていきます。そしてゆくゆくは、日本の学校のモデルとなれるよう、人材開発や組織開発の観点から大きく変革する取り組みを、郁文館から発信していきたいと考えています。

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